挑戦するエンジニアたち ヒストリー【15-1】 栗栖 義臣 氏

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栗栖 義臣(くりす よしおみ)氏(39歳)

1978年鹿児島生まれ。大阪大学大学院工学研究科にて原子力工学を専攻、大手システムインテグレータに就職し2008年にエンジニアとして株式会社はてなへ入社。「うごメモはてな」「はてなハイク2」のリリースや「人力検索はてな」のリニューアルなどのプロジェクトを担当。2013年よりサービス開発部本部長を経て、2014年8月より代表取締役社長へ就任し現在に至る。

今回ご紹介いただいた、アスターミューゼ並河さんとのご関係を教えてください。

並河くんとは前職のTIS時代からの繋がりがあります。彼の所属は社内のR&Dを手掛ける部署で、私は旅行系システムを主に手掛ける部署で働いていました。当時から私はSNSに興味を持っていたため、自分の会社がつくった社内SNSを積極的に利用していたんです。
一般的に、社内SNSなど社内情報共有ツールを立ち上げても使われないことが問題になります。ですが、私は毎日ログインして、いろんな意見や流行りの技術などの情報を積極的に投稿していたんですね。
そうこうしているうちに運営側も自分達の提供してるサービスを使い倒してくれる私の存在を知るようになりまして、運営側とメールのやりとりや、たまに業務後に並河君の部署へ行ったりすることで、接点が生まれました。
並河君と私は、サービスの提供者とユーザということで立場は違っていたのですが、「社内SNSをもっと広めよう」という目的は同じでしたので、比較的早い時期にお互いの距離感は近くなっていきました。

また、彼は「はてな」ではid:rx7として活動しておりインターネットでも有名な人だったんです。実は私も同じようにブログで情報発信していたので、業務外でも自然と繋がりました。繋がりのきっかけは社内SNSですが、会社と業務以外のインターネットで公私ともに繋がりが出来たことで、より交流が深まった気がします。

その後、私は会社を辞め「はてな」へ入社しました。並河くんも社内SNSを事業会社化するためにMBOにて設立された株式会社ソニックガーデンへ移り、その後、転職したサイバーエージェントで活躍していました。
その間も忙しいながらインターネットなどでお互いの状況を共有していたのですが、たまたま私が京都で仕事をしている時に一度会う機会がありました。
偶然、彼がサイバーエージェントを退職して京都の実家にいると知り、飲みに行った際に、並河君に「はてなへ来ないか?」と誘ったのですが、「すみません、もう次を決めているので」とあっさり振られてしまいました。とまあ、こんな関係です(笑)。

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