挑戦するエンジニアたち ヒストリー【13-1】 吉羽 龍太郎 氏

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吉羽 龍太郎(よしば りゅうたろう)氏(42歳) Ryuzee.com 代表

1973年生まれ。中央大学法学部卒業後、新卒で東洋情報システム(TIS)入社。その後野村総合研究所で、証券会社をはじめとして各種Web系システム開発においてアジャイル開発を実践。2009年に野村総合研究所出身者を中心としたコンサルティング会社の起業に参画し、アジャイル開発のコンサルティングを提供。2013年4月にAmazon Web Services(AWS)に転じ、AWSに関する有償コンサルティング部門であるAWS Professional Servicesの日本チームの立ち上げを推進。2016年1月に個人事業主として開業。屋号を「Ryuzee.com」としアジャイル開発、DevOpsのコンサルティングを中心に、翻訳、執筆、講演など幅広く活動。

株式会社ハピネットの和智さんからのご紹介ですが、どのようなご関係でしょうか?

始めてお会いしたのは、James Coplien氏による認定スクラムマスター研修のときだったと思います。それ以降は、勉強会やコミュニティで一緒になったりすると話をするという関係になりました。その繋がりで、和智さんが「継続的デリバリー」の翻訳をしていたときに翻訳のレビューをさせていただいたりもしました。最近はFacebook上で将棋を指したりしています。たまたま彼の最近の趣味が将棋で、私も中学から高校、大学と将棋をやっていて、大会に出たりもしていたので。

ITに興味を持つようになったのは、どんなきっかけですか?

1993年に大学に入学するのですが、法学部法律学科だったので理系ではありません。授業でコンピュータについて学ぶこともないので、ITとはほとんど無縁でした。そんな私がプログラミングをするきっかけになったのは競馬です。予想を的中させる方法を考え抜いた結果なのですが(笑)。最初は単純に、データがあれば的中するのではと考えていました。探してみると、JRAの外郭団体が出馬表や出走結果のバイナリデータをJRA-VANというサービスで有償提供していました。このデータを活用するにはプログラミングが必要だったので、それがきっかけでプログラミングを覚えたのです。不純な動機でしたが、ITに興味をもったのはこの頃からです。当時はニフティサーブやパソコン通信が全盛期の頃でした。今でいうコミュニティにあたるパティオやフォーラムへ行ったり、オフ会などにも参加したりしていました。みんなパソコンを持ってきていて、作っているマクロとかを見せてもらっていました。それが刺激になり、自分でもどんどんプログラムを書くようになりました。

就職して本格的にIT業界へ入ろうと思ったのは、なぜですか?

大学卒業を意識する頃に、「就職はどうしよう?」と結構悩みました。私が通っていた中学・高校は、服装などを含めて自由にさせてくれるけど、自分でやったことは自分で責任をとる校風でした。そのためなのかは解りませんが、自分自身のことを考えたときに、年功序列や成熟した大企業の一番下から入って、その企業特有のヒエラルキーの中で上に上がっていくことが想像できない。じゃあ何がしたいのかと考えたときに、漠然とですが、プログラミングがもっと上手になりたいと思いました。技術を身につけて何かを作りたい。そう考えて、1997年に東洋情報システム(現在のTIS)に入社しました。まさかその後5回も転職するとは、その頃は思ってもいませんでしたが(笑)。

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